« 日本でもブラックアウト | トップページ | 見せないことで国民の判断する能力を奪うマスコミ »

2011年7月28日 (木)

法律の奥のさらに奥にある神の正義

(私は)政治に関しても、国際政治について分析するだけの力を持っていて、

分析力としては、現職の政治家よりもそうとうに鋭く、かなり深いところまで見ることができるのです。

 

例えば、2011年2月11日の建国記念の日には、産経新聞に「憲法九条」の解釈に関する大きな意見広告を載せました。

万一、他国から侵略を受けたときに、今の政府では、おそらく機能不全でどうしようもなくなると思ったからです。

 

その意見広告で打ち出した考え方は、「憲法の変遷」といわれるもので、

「憲法をつくったときの環境が時代とともに変わってきた場合、それに合わせて憲法が規定する内容も変わる」

というものです。

 

つまり、日本国憲法は、

その前文に照らせば、日本が「平和を愛する諸国民」に囲まれていることを前提につくられたものであるので、

それが、必ずしも平和を愛する国民ばかりではない国に囲まれる時代になったら、

当然、憲法も変わっていかなければならないということです。

 

本来、憲法というのは、「国民の生命・安全・財産」等を護るためにあるものです。

つまり、国を潰してしまうような憲法なら要りません。

当然ながら、憲法は生きていなければならないので、

そこに「憲法の変遷」という考え方が出てきて、

一定の解釈を加えていくことになるわけです。

 

憲法制定時には想定していなかったような侵略国家が出てきた場合には、

「憲法九条は、日本が侵略国家になることは、当然、認めていないけれども、

 国民を護ることを禁じているわけではない。

 前文に照らして、九条は、そのように解釈すべきである」

という政府の統一解釈を降ろせば、自衛隊も動けるようになるのです。

 

今の政府が続くと、万一のときには国民が非常な危険にさらされるので、

宗教家のほうから憲法解釈についての意見を述べたわけです。

憲法学者で、こういうことを言える人など、まず一人もいません。

 

なぜ言えないかというと、

法律の勉強をしている人はたくさんいるでしょうが、

法律の奥にある法哲学の、さらにその奥にあるものを知らないからです。

それは「神の正義」なのです。

 

「『神の正義』に照らして、国際間の正義をどう考えるか」ということなので、

それについて意見を言える人がそれほどいるわけはないのです。

私は、そちらのほうから攻めているわけであり、宗教家として言うべきことを言っているのです。


月刊「幸福の科学」2011年7月号「スペシャルメッセージ」より

« 日本でもブラックアウト | トップページ | 見せないことで国民の判断する能力を奪うマスコミ »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 日本でもブラックアウト | トップページ | 見せないことで国民の判断する能力を奪うマスコミ »

つぶやき・かな?

2015年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

I Love JAPAN