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2011年4月13日 (水)

迷子が威張る時代は正しいか

この世において、いくら、「自分は知識人だ」「自分は賢人だ」と言っても、その人に、「今日、あなたは、どこから来ましたか」と質問しても答えられず、「あなたは、どこへ帰るのですか」と訊いても答えられなかったとしたら、賢人とは言えないでしょう。


「私は、〇〇からここに来て、それから電車に乗って☓☓ヘ行きます」などと答えたら、それは普通の知識を持った人間と言えるでしょう。


しかし、「私はどこから来たのか。それは分かりません。私はどこへ行くのか。それも分かりません」と言うなら、それが知識人でしょうか。それが教養人でしょうか。それが真なる智者でしょうか。


「魂を知らず、霊界を知らない」ということは、「自分がどこから来て、どこへ行くのかを知らない」ということと同じなのです。


「あなたは、どこから来たのですか。どこへ行くのですか」と訊かれて答えられないならば、それは迷子です。交番に連れていって、「この子は迷子なので、親を探してください」と言わなければなりません。


あるいは、親の名前ぐらいは何とか言えても、「電話番号も言えないし、住所も言えない」というような状態です。


そのような"迷子"が威張っているのが、今の時代なのです。だから、「間違った時代だ」と言っているわけです。



「信仰はなぜ大切か」より


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