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2011年2月20日 (日)

天保ソバ 確定

この話、古人の苦労が偲ばれますが

これを復活させようとあきらめなかった人たちもえらいです


47NEWSより
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屋根裏のソバ、天保年間の実 伝承通り170年前と分析


 古民家の屋根裏で見つかり、約170年前の天保の大飢饉をきっかけに備蓄されたと伝わるソバの実は、言い伝え通り天保年間(1830~44年)に収穫された可能性の高いことを、山形大が最新鋭装置の分析で突き止めた。

 伝承を信じて特産化に取り組む山形市の保存会のメンバーは「ほっとした。これで堂々と『天保のそば』と言える」と大喜びだ。


 ソバは約10年前、福島県大熊町の旧家を解体する際に俵に入って見つかった。乾燥し傷んでいたため、研究機関では「成長能力なし」と鑑定されたが、実を分けてもらった山形市のそば職人らが、水をかけない昔ながらの栽培法で発芽と収穫に成功。徐々に栽培面積を増やしている。


 科学的な裏付けが乏しかったため、山形大のチームがチャレンジ。

 化石の年代測定などにも使われる炭素の放射性同位体を、質量分析装置で計測したところ、天保年間の実とみて問題ないとの結果になった。

 天保のそばは、香りが高い上に甘みもあり、発芽に成功した山形だけで味わえる“幻のそば”として売り出し中。保存会幹事の金野徳彦さん(66)は「江戸時代の栽培方法などを研究して味の再現にも取り組みたい」

と意気込んでいる。
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全文はこちら↓
http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021201000086.html


山形県のサイトより一部引用
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シリーズ企画【山形のソバ、そば、蕎麦】天保ソバにかける情熱


まずこの「天保ソバ」についてご説明しよう。4年前、福島県で代々続く旧家の天井裏から、ソバの実がびっしり詰められた俵が6俵発見された。歴史をたどると、江戸時代に起こった悲惨な「天保の大飢饉」を生き抜いた先祖が、非常食として子孫のために保管し、代々受け継がれてきたものだということがわかった。その俵は三重になって保護されており、俵と俵の隙間には木炭の粉と灰がびっしり詰められていた。つまりネズミ、害虫による食害を防ぐための知恵が施されていた。こうして「天保ソバ」は、160年もの長い間、天井で眠っていたのである。

 現在の当主は、「先祖が残してくれたソバの実を何とか発芽させて花を咲かせたい」という強い思いでいくつかの専門の研究機関に依頼してみたが、胚が腐敗しているため成長は不可能との答えばかりだった。それでもあきらめきれず、復元への夢は、ソバに関し造詣が深い鈴木製粉所の鈴木社長に託されたのである。


 こうして鈴木社長の挑戦が始まった。鈴木社長をリーダーに蕎麦屋さんなどで構成するそば好きグループの仲間に呼びかけ、有志を集めた。種まきの適期である8月までの4ヵ月間、忙しい合間をぬって集まり、様々なアイディアを出し合い、勉強もした。160年間の暗闇という環境に配慮し、種まきは夜行うという徹底ぶりで、水加減も慎重に計画した。そして、種まきから2日後、遂に発芽の兆候が見え始めた。一週間後には子葉が完全に開き、「天保ソバ」は160年の眠りから目覚めたのである。

濃い緑色の葉はすくすくと育ち、白い花を咲かせ、90日目には実が熟し収穫できるまでになった。発芽不可能といわれていた「天保ソバ」が見事山形の地でよみがえったのである。そば好きグループのそばにかける情熱が奇跡を呼び起こしたのだろうか。
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全文はこちら↓
http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020020/mm_bk_data/mm_spcial/soba_No03.html


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