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2010年10月 8日 (金)

比較にならない尊さ

真理が説かれるときに、その同時代・同地域に出て、真理を広めるという仕事をみずからの仕事とするということは、

みなさんの前に広がっているこの世的な世界のなかで自己実現をするということとは、意味が違うのです。

全然違います。

これは比較のしようがないことなのです。


たとえば女性であれば、優しい女性、美しい女性、気配りのきく女性などは、今いくらでもいるでしょう。

ところが、イエス様の時代に、イエス様の側に付き添って、イエス様を助け、そして尽くしていた女性の行動、力というものは、比較の対象にならないものがあるのです。

そういう特殊な立場に立つということが、どれほどの値打ちがあるかを知らなくてはなりません。


これから時代が下り、法の解説者となる方も数多く出てくるでしょうが、

法が説かれる時にその手伝いをすることが、どれほどの仕事であるかを知らねばならないのです。

それは、後世の人びとから、何千年もの間、「できるならば、自分も、その時代にその仕事をしてみたい」と願いつづけられることでもあります。



「釈迦の本心」講義(1989年)より




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