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2010年5月31日 (月)

幸福実現党 石川悦男党首ってどんな人?

-少年時代はどんな子でした?

石川 野球少年でしたね。中学、高校と野球部で。ポジションは中学ではキャッチャー、高校ではサードかショート。打順はだいたい四番。野球に明け暮れてました。

-信仰との出会いは?

石川 僕のおふくろが信心深かったんです。毎朝、神社と仏壇にお供えしてお線香あげて、僕も毎日拝んでました。大学は早稲田で、栃木から東京に出てきたんですが、どうも何かが足りない。毎朝のお祈りができなくなった。それが、なんとも空虚な感じでしたね。

-子供の頃から、宗教的だったんですね。証券会社に入られた動機は?

石川 大学の先輩で野村証券に入っている人から呼ばれて、「そってが呼びつけたんですから、責任とって、採ってくださいよ」と迫って (笑い)。それで入った。

-こわもてだったんですね。

石川 いや、きわめて真面目でした(笑)。日本を代表する証券会社に入ったので、「とにかく日本を日本経済を豊かにしたい」と、そればかり考えてました。

-幸福の科学に出会われたきっかけは?

石川 これも真面目なんです。金融の世界は、世界とつながっているけど、1980年代までは、日本はすごく閉鎖的でした。ところが、日本のお金が世界中を回っていったあとに、欧米からの反撃を受けた。「自由市場主義」の名のもとに、ドルがどんどん日本に入ってきたわけです。そのとき、私は「このままでは、日本はダメになる」と思って、日々悶々としていたんです。

-すごいですね。そこまで考えておられたんですか。

石川 一証券マンが、とにかく日本全体のことを考えていた。その中で、日本が負ける理由がはっきり分かったんです。それは、「欧米の金融の背景にあるものは、宗教だ」ということです。ユダヤ教とかキリスト教の価値観がバックボーンにあって、彼らは国家、民族、宗教という人間としての威信を懸けてやってきている。しかし一方の日本は、大蔵省(当時)を中心に、社会主義的な統制経済を守ろうとしていた。「之では勝てるわけがない」と、わかったんです。

-それで宗教を学ぼうと。

石川 そんなときに出会ったのが、『黄金の法』と『ノストラダムスの新予言』の二冊です。読んで、「私の時代感覚は間違ってなかった!」と。

-ご自分の仕事を突き詰めていったときに、幸福の科学に出会われたわけですね。

石川 そのときに思ったのは、「幸福の科学の教えを学んで受け入れる以外に、この国の経済を救うことができない」と。ですから、今回、党首をさせていただくに当たって、私の定点もそこにあるんです。

-リチャード・クーさんと一緒に仕事をされたとか。

石川 クーさんとはよく仕事の話をしていました。彼は世界の中央銀行を回って、すごい情報を持っている。でも、僕らに「トレーダーの現場の情報を教えてほしい」ということで、毎週いろいろミーティングしていました。クーさんから「石川さん、なんで野村にいるの?外資系に行けばいいのに」と、よく言われました。

-でも、外資系に行く気はなかった?

石川 日本を守りたかったから(笑)。確かに外資系は有利な条件だし、優秀な人はいっぱいそっちに行ってましたけどね。でも、とにかく社内で伝道をやりすぎて(笑)。上司に「ロンドンに行かないか」と言われたときに、「仏陀が日本に生まれている大事な時に、ロンドンに行けなんで、あんた、おかしいんじゃないか」と言って。そしたら大阪に転勤になっちゃった。

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