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2010年4月29日 (木)

チベットの現在(ほんの一例)

民主党政権-->中国による属国化がどういうものかを知る手がかりの一つになるでしょう

ダライ・ラマ法王の日本語サイトより引用させていただきます

なぜ神々が次々と降臨し日本の危機を訴えているのか多少なりとも理解していただければ幸いです by 管理人

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チベット高原一帯から寄せられた、拘留・監禁中のチベット人の置かれた状況についての報告では、不適切な食事や水の支給、必要な医療処置の停止などが、継続的にあがっています。

3月の抗議活動勃発以来、主なラサの収容所は収容人数が一杯となったため、ラサ近郊のトゥール・デチェン(中国名:堆龍德慶)県の新しく立てられた駅のそばにある倉庫を利用したり、簡易収容所を設けたりして対応してきました。

寄せられた全ての報告で、監房の超過密、水や食料の配給の準備がない、負傷者に対しての医療処置の拒否、尋問の際の拷問などといった収容所内の悲惨な状況が伝えられています。

信頼ある情報筋から寄せられた情報では、ラサとラサ近郊の病院では負傷者に対する医療処置を拒否し、人々は病院から収容所へ送られることを恐れたため、病院へ行かず、未知数の負傷者が死亡したと考えられます。

治安部隊は死亡状況の隠蔽のためか、殺された人の所持品を持ち去っています。
また、トゥールン谷のヤプダ村裏の新設火葬場に、多数の死体が放置してあったという報告が寄せられています。

別のチベット人女性で、3月のラサでの一連の顛末の目撃者からの証言です。
「ラサ近郊の大きな刑務所グツァ(拘置所)、サンイプ、ニタン、ツェルグンタン、トゥールン全てが、過密状態となったため、入りきれないチベット人拘束者たちは ラサのリンコル南路にある軍駐屯地のガレージ(中国語:軍区)に入れられました。

拘束者たちはひどい暴行を受け 拘置所へ来る頃には、体中の関節、手、そして主に足を脱臼しています。その後、流血したまま、ひざまづいた姿勢を何日も強制されます。

着いたその日から連日の尋問を受け、その際には彼らはひざまづいた姿勢で、頭部をうなだれるように強制され、連打されます。体中を踏みつけられ、電気棒による電気ショックを与えられ、拘束者が気を失ったときは冷たい水を書けられて目を覚まさせるなどの拷問もあります。また拘束者たちは袋を頭からすっぽりとかぶせられて、殴られるなど…(後略)」

拘束者は、犯罪を犯したか犯していないかに関わらず、このようにして、非人道的で、残忍きわまりない扱いをうけます。
一旦容疑が確定したのちには、細く切った竹の棒を指と爪の間に差し込まれ、きつく縛られたまま、殴られるなどの、さらに残忍な拷問が行われます。

「拘束者は 一日にコップ一杯の水と、小さな乾燥したふかしパン(チベット語:ティンモ)が与えられるだけで、食料や水不足に喘ぐ多くの拘束者たちは、拷問により血尿が出ている者まで、自らの尿を飲んでいました。
これは、複数の釈放された人達から聞いています。彼らは、食事を与えられないまま激しく殴られたのです。そして、そのことを誰にも話さないと約束させられ、さもなくば逮捕されると言い渡されました。釈放には2000元($293 USドル)の罰金が課せられました。」

この証言者は、続けます。
「拘束者は、深刻な健康状態で出所します。精神的には恐怖におののき、机の下などに隠れて出てこないなどという話も聞きます。肉体的にも、衰弱しきっており、釈放されて2、3日以内に亡くなる者も多いそうですが、死亡者のはっきりとした数はわかりません。」

3月16日の四川省ンガバ州キルティ寺での抗議活動では、約10人から20人もの抗議活動参加者からの死者を出し、約30人のキルティ寺の僧侶が行方不明になっています。地域住民は、僧侶達は秘密裏に拘束されているか、すでに殺されているかだろうと推測しています。

以下は、インドにあるキルティ寺に亡命した僧侶からの証言です。
「30人以上が、約2メートル四方に満たない小さな部屋に押し込まれ、座るところもなく、昼夜を問わず立ったままでいなければなりませんでした。

一日に一杯のおかゆを与えられただけでした。

排尿排便も立ったままで行わなければいけませんでした。学識のある卓越した者は特に選び出され、他の者よりひどく殴られました。

拘束されている者の家族が、食べ物や差し入れを持ってゲートの外にやって来ても、渡すことは叶いませんでした。狭い独房に押し込まれ損なった者は、個人の家などに拘束されたため、家族の者は消息が分からなくなっていました。

ほとんどの者はたった2、3日の拘束でしたが、健康なまま釈放されて帰宅した者はいませんでした。」

拘束者は、中国政府のいうことをよく聞いてダライ・ラマを批判するように強要されました。
特に、今回の発起行動の首謀者とチベットから外に死者の写真を送った犯人の捜査に躍起になっています。

拘束されたチベット人の中には、ラサから移動させられた者がいることが確認されています。

4月の初め、青海省の西寧駅に300人ほどのチベット人受刑者の到着が目撃されており、以下の情報が寄せられました。
「受刑者の全員がひどくけがを負っていて、顔から血を流している者もいました。中に重そうな足かせをかけられたおばあさんがいました。警察から殴られているのを見ました。」

他に何件もの信頼出来る情報筋から、チベット人がラサから四川省、青海省などの収容施設に鉄道か道路を使って移動させされたという報告を受け取りました。ある若い僧侶は身分証明を所持していなかったという理由で 地元の収容所に拘束され何日間もの間ひどく殴られ続けました。

「毎回4人もの男が同時に殴り続けた」との証言があります。

「彼が拷問を受け続けた間、昼夜の区別もつかなかったといいます。一方の手は首の後ろから、そしてもう一方は背中から両手首が背中で交差するようにして、縛られたままでした。

刑務所での食事は小さなパン一つと約20オンス(1オンスは約28.42ミリリットル)の水を4、5人で分け合うというものでした。用を足す場所にも人が寝なければならず、履物は禁止でした。」

彼は後に四川省の綿陽刑務所に連行され、医療処置を受けなければ死ぬという状態になって釈放されました。彼は今では歩くことも話すことも難しく、呼吸も困難になっています。

同情報では、その刑務所には他にも多くのラサから連行されたチベット人がいたということです。

また別の若いチベット人男性が、亡命中の友人に伝えた、3月18日の家宅捜索を受け、一時的に拘束された際の体験談によると、武装した兵士がドアをけ破って上がり込み、家の中のものを荒らしまわったということです。そして家族の中で、抗議活動に関わった疑いを掛けた者を殴りつけました。

先出のチベット人の報告は、ICTが入手している抗議活動に参加後、拘束された他の報告と一致しています。ある証言では、こう語られています。

「私は逮捕され、両手の親指が背中できつく縛られた状態で連行されました。とてもきつく縛られたので、その後の2~3ヶ月の間、左の指全ての感覚が麻痺してしまいました。最初は殺されると思っていました。彼らは私の頭を何回も殴りました。頭部は壊れやすく、体の他の部分とは違います。彼らは私を監獄に連れて行き、4日間、何も質問せずそこに放置しました。私たちには一日に半個の蒸しパンが与えられたのみでした。

水は与えられず、みんなとても喉が渇いていました。多くの人たちが自分たちの尿を飲みました。
私たちには服がなく、毛布も、横になるための敷物もありませんでした。何もありませんでした。ただのセメントの床で、それはとても冷たかったです。4日間、誰も私に話し掛けず、ただそこに私たちを放置していただけでした。

私たちは多くのことを身聞きしました。多くの人々が腕や足を折られたり、銃で撃たれて怪我をしたりしましたが、彼ら(中国人)は病院に連れて行くことはありませんでした。
そこはまるっきり収容所でした。 まったくひどい話です。私は現在が21世紀だということが信じられません。
例えば、ある少年が3回も銃で撃たれました。一つはここからそちらへ(銃弾が彼の背中の左側から入り、そして彼の左胸から出て行っている。心臓の近く)、もう一つはここ(左腕の上部にある水平な傷)。人々の中にはあばら骨を折られた者もいます。ある男性は右目を殴られ、黒と青に醜く膨れ上がりました。歯を折られたものも多いです。これらはほんの一部の事例に過ぎません。たくさんのひどいことが行われました。

問題の一つは、人々にほとんど食物が与えられていないことでした。みんな、とても腹を空かせていて、大変衰弱していました。一人の少年が、同じ部屋にあるトイレで倒れこんで、顔の右側(頬から顎に掛けて)に裂傷を負いました。
多くの人々が精神的な問題を持っており、彼らは先ず最初に倒れてしまいます。ある少年は心臓と精神に問題を抱えた、とても痩せた少年でした。最初、彼は毎日2~3回卒倒していましたが、彼ら(中国人)は気にもとめませんでした。 (中略)
数人の僧侶が頭に袋をかぶせられ、連れて行かれ、戻ってきませんでした。そう、おそらく彼らは殺されたのでしょう。

私は65歳の老人と会いました。彼はあばら骨が折れていて、完全に腰が曲がってしまっていました。そして彼はまっすぐ立つこともできず、寝たきりになっていました。
すると、警官が彼を人民病院に連れて行きました。そこでは二人に一人は、死んでいます。
病院に連れて行かれる人々は、いつも、撃たれたか、殴られた人たちでした。そして、彼らは、大抵、病院で死にます。

たくさんの高校生も収容されていました。3月14日のイベントに参加しなかった17歳の少年は、服を全てはぎとられて裸にされ、手は縛られて、ワゴン車の標的にされて、何度もぶつけられました。
ここでは、あらゆる拷問の手法が使われました。この少年はとても若く、そして何もしていなかったにも関わらずです。拷問の結果、彼は嘘の自白をして、あらゆる罪状を認めました。

このような行為がたくさんの人々に行われました。2度としないという承認を得るため、人々に圧力を掛けました。4月に釈放される直前に、私は一人の僧侶に会いました。私はその僧侶のことをとても心配しています。
兵士たちは、その僧侶を他とはとても違うものと見なしていました。その僧侶は、暴行により指が完全に曲がってしまっていました。そして彼は片方の目の視力を失っていました。彼は周りのものを全く見ることができませんでした。彼は私たちよりも激しく殴打されていました。
(中略)本当に、私は理解することができません。なぜ彼らはこんな酷いことを僧侶にするのでしょう。それは、大変、大変に苦痛に満ちたものです。」
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